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PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論  鈴木健著 引用

インターネットがもつオープンな特性は、資源の囲い込みを嫌い、あらゆるものをシェアしていこうとする。だが現実社会はまだまだ資源の囲い込みに満ち溢れている。これを「膜」の現象とする。また、インターネットの自立分散性は、中央主権的な制御を排除する。だが現実社会では、中央集権的な組織に満ち溢れている。これを「核」の現象とする。「私的所有」の生物学的起源は細胞膜の誕生にある。細胞膜の役割は、必要な化学物質のリソースを囲い込み、それらを他の代謝ネットワークから排他的に利用できるようにするところにある。生命は、エルヴィン・シュレディンガーが指摘したように、内部に低いエントロピーの秩序層をつくりだす。膜は不必要な化学物質が膜の内側に入らないように排除する役割をもつ。細胞膜はもっとも原初的な免疫システムであり、免疫は「物質的メンバーシップ」の生物学的起源である。内部と外部を分離する「膜」と小自由度で大自由度を制御する「核」を生み出すのは背景にある複雑な反応ネットワークである。この複雑な反応ネットワークを「網」と呼ぼう。膜、核、網という3つの概念から、社会制度という人工物も理解し、技術を環境のほうに実装することによって、私たちの限られた認知能力のままでも、新しい秩序を、なめらからな社会を情報建築として実現できないか、というのが本書のヴィジョンである。その中で、PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論が提示されている。

【PICSY】

ウェブサイトが人間に相当して、ウェブリンクが取引に相当すると、 Googleで使われているウェブサイトの重要性を決めるアルゴリズムであるPageRankに近い数学的構造を持つ。PICSYは伝播投資貨幣システムとして、価値が伝播するという興味深い性質を持った貨幣システムである。たとえば、1年に10億の収入がある野球選手のイチローで考えてみたとしょう。もしイチローが高校時代に毎日あるお店でラーメンを食べていたとすると、イチローの体はそのラーメンによってつくられたといえるのでラーメンはイチローへの現物出資だと考えることができる、お店のオーナーは、投資のリターンとして100万円くらいは期待できるかもしれない。これを実現するためには、イチローはイチロー株を自ら発行し、その株券でラーメンを購入すればよい。すべての人が自分株を発行し、取引のときにその自分株で支払うことによって互いに持ち合うようなコミュニティがあったとき、イチロー株の株価は、複雑な株の持ち合いネットワークから自動的に計算できるようになる。イチローが稼ぐようになれば株価は上がり、稼ぎが減れば株価は下がる。取引をした後の株価の変動によって、ラーメン屋が提供したラーメンは500円に相当するPICSYの価値より上がったり下がったりすることになる。そして、ラーメン屋に材料を提供している業者の株価も、それに連動して変化し、以下同様にサプライチェーンを遡って効果が伝播していく。PICSYとは、こうした株の発行システムをすべて電子化して、あたかも貨幣として自然に使えるようにしたものだといえる。

【分人民主主義】

近代民主主義は、一貫した思想と人格をもった個人(individual)が独立して存在している状態を、事実論としても規範論としても理想として想定している。個人に矛盾を認めず、過度に人格の一貫性を求める社会制度は、人間が認知的な生命体としてもつ多様性を失わせ、矛盾をますます増幅させてしまう。そうした近代的な個人(individual)にかわって、ジル・ドゥルーズは分人(dividual)という概念を使った。分人民主主義を実現するための新しいネットワーク型投票システムとして、伝播委任投票システムが本書では提案されている。このシステムでは、自分のもつ1票を好きなように分割して投票できるようにしている。もちろん矛盾した意見に0.6票と0.4票と分けて投票しても構わない。悩んだら悩んだ度合いで投票すればよい。そのテーマに詳しい人は直接政策に投票すればよいし、そうでない人は詳しそうな人に委任すればよい。

【構成的社会契約論】

法律もある種の契約であることには変わりがない。憲法が国と国民の間の基本契約であり、法律はそれに基づいて行われる個別具体的な契約という立てつけではあるため、人々はそのことを忘れてしまっている。契約の自動実行を法律に適用しようという発想は容易に思いつくだろう。立法、行政、司法のうち、行政は立法者が決めた内容を機械のように着実に実行することが求められているのに、裁量の余地や立法機能が認められてしまったがために現代の官僚制の問題が起きている。立法はプログラマー、行政は自動実行、司法は問題があったときのサポートになればよい。プログラマーによって書かれたCyberLangのコードは、市民によって伝播委任的な投票で採択され、物理デバイスの制御を通じて自動実行される。

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2013年に書かれた書籍である。書かれた当時から、国際状況も大きく変わりつつある今日に再考してみたい内容となっている。先人がインターネットに観た夢を我々は受け継ぎ、引き続き夢観られるのだろうか。


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